「未来」2011年12月号

もう世間では1月号の季節ではありますが(笑)、「未来」12月号に評論「テムズは何を映したか ― 茂吉の小さなロンドン詠を巡って」を寄稿しました。斎藤茂吉が『遍歴』に、わずかに8首のみ残したロンドン詠をめぐって、思うことを書きました。結社誌なので難しいとは思いますが、もし機会があればご覧ください。

茂吉のロンドン詠の事実関係などを検討しました。その中で、

  街上にある無名戰士の墓の銘 "The glorious death" の銘

の一首については、「無名戰士の墓」の同定を行いました。しかしながら、現物の銘は"The glorious dead"でした。deathとdeadの差があります。評論では、各種状況証拠からおそらく茂吉の記憶違いか、あえていじったのだろう、と推察しました。しかし、"The glorious death"という銘の記念碑がロンドンのどこかにあるんじゃないか、という危惧をずっと抱いてきました。

ところが後日、ロンドン大学SOASのS・ドッド先生、T・スクリーチ先生たちとの夕食の席で、この件について話をしてみたところ、両先生より次のようなご意見を頂きました。

茂吉が詠んだ「無名戰士の墓」は、貴方が論考で同定した記念碑で間違いないだろう。"The glorious dead"は、「既に死んだ死者への弔い」を意味する。一方、"The glorious death"は「これから栄光ある死を遂げてまいります!!」というような、未来の死を表すニュアンスがある。日本にはそういうメンタリティがあっただろうが、イギリスにはないと思う。少なくとも、"The glorious death"という銘文が、戦死者追悼のための記念碑に採用されるということはありえない。

なるほど。ネイティブの方に尋ねてみないと解らないことがあるものです。つまり、「"The glorious death" の銘」のある記念碑はロンドンには存在しえないわけで、茂吉側の改変であることが確実になりました。もっと早く訊いていればよかった。このことを「未来」で追加報告したいー、と地団太踏んでいます。まあ、また何かの機会に。